但馬牛「田尻号」99.9%秘話~小代を愛した女性のお話
但馬の魅力を歌で紹介している遊月亭いく蔵さん。先日、私の住む香美町の「小代(おじろ)」の素敵な歌を作ってくださいました。
この歌を聞いた時、自分の生まれ暮らしたまちを一生懸命調べあげた藤村美香さん(享年42歳)のことを思い出し、涙が止まりませんでした。
現在、小代(おじろ)のまちあるきガイドチーム「山陰海岸ジオパーク小代ファンクラブ」と協力し、来春からのガイド事業の本格稼働を目指して、毎月会議やガイドトレーニングを行っています。地域の皆さんも毎回10名近くの方が集まるほどのすごい熱気です。
これだけの人が集まってくるには理由があります。藤村美香さんの遺志に共鳴して集まってくださっているのです。
彼女との出会い
小代観光協会の臨時職員だった藤村美香さんと出会ったのは、私がジオパーク推進員をしていた、今から3年前の2011年のこと。推進員をするまで、香美町にスキー場があることすら知らなかった私。推進員になり、まず始めたのは、町内のジオサイトをすべて見て回ること。小代の見どころへ同行して下さったのが藤村さんでした。ちょうどその頃、「山陰海岸ジオパークは海岸って名前に付いているから、山は関係ない」と中山間地域で言われていたので、何とか山間部の産業の柱=但馬牛を山間部でのジオパークの要素の柱にしたいという思いがありました。そのため、小さいころから牛が大好きで、但馬牛についてとても詳しかった藤村さんにいろいろと質問をしていました。
藤村さんはその頃、但馬牛のルーツを調べていました。但馬牛と小代をPRすることが、過疎が加速化した小代を救うことになるかもしれない、という希望を持ちながら・・・。但馬3市二町では今も但馬牛が飼われており、多頭飼育から少数飼育までいろんな畜産農家がありますが、小代には他の地域と決定的に違うものがありました。それは歴史、特に現在の但馬牛のルーツと言える場所がこの地域にあるのです。
但馬牛は平安時代の書物にも記載されるほど老舗ブランドの牛です。小柄だけど力持ち、よく働く様子はここに暮らす人々も同じです。但馬地方は急峻な山と深い谷がいくつもあり、谷筋に集落ができていきました。山一つ隔てた隣の谷筋の集落へ行くのは大変で、行き来のできる谷筋だけで牛の交配をしていました。
明治時代になり、但馬牛が神戸に出荷され、食肉として加工されると、食用としての人気が上がります。そこで、小柄な牛では肉が取れないと、大柄のブラウンスイス種と掛け合わせて、何年もかけて但馬牛を大きくしようと試みました。ところが期待されたほどの肉質にならず、純血の但馬牛こそが必要だと気づいたとき・・・周りはすべて混血の但馬牛しかいなかったのです。何ということ!
血眼になって純血種の但馬牛を皆が探したとき、小代の最も奥まった集落「熱田(あつた)」にわずか4頭だけ、純血の但馬牛が見つかったのです。その「奇跡の4頭」から、現在の但馬牛の血統が再び始まったのです。今は無住集落になってしまった熱田(あつた)という村について、彼女は「この場所が但馬牛のルーツだから」と体調のいいときや祭祀のときに、元住民と一緒に村に入り、熱田のことを調べていました。
但馬牛「田尻号」99.9%が朝日新聞社会面に!!
彼女の最も大きな功績は、本当に『小代が黒毛和牛のルーツである』ということを突き止めたこと。何と、日本の黒毛和牛の99.9%が小代の名牛「田尻号」(オス)の血統だったのです。田尻号は、熱田に残された奇跡の4頭のうちの1頭「ぬい」(メス)の血統で5代目です。単に小代が但馬牛の里でなく、日本の黒毛和牛のルーツであることを突き止めたのです。
但馬牛の肉質は国内では非常に評価されていて、但馬牛のオスや雌を買い取って、地元の牛を掛け合わせ、新たなブランド牛を作ることを全国各地の畜産農家では行っていました。
彼女の発見は、朝日新聞の但馬欄ではなく、全国版の社会面に掲載されました。
数万頭はいる黒毛和牛の中から、この事実を突き止めたことは、決してたやすいことではなかったと思います。観光協会の臨時職員という枠を超えて、ガンと戦いながら但馬牛の研究を独学で進め、血統図などを調べ尽くした彼女の努力のたまものです。
余命を知った彼女が目指したものとは
藤村さんは今年の1月末にガンのため他界しました。42歳という若さです。最後の入院の前に会ったときに、彼女と「但馬牛をガイドするガイドチームの運用システムの構築を早く進めたいよねー」と話をしていたので、彼女が退院したら本格的に動けるようにと、準備を進めていた矢先のことでした。
山あいでのお葬式は参列者も少なく簡素なものと聞いていましたが、彼女は葬祭場に入りきらないほどたくさんの人たちに見送られました。その日のうちにガイド関係者が集まり、彼女の遺した数々の調べものを教材にして、彼女がしたかったであろう「ガイドシステムの運用」をやってみようと決めたのです。
但馬牛を語るガイドをしたいという方々が集まって勉強会をしていた時、使っていたホワイトボードの裏に、彼女が自らホワイトボードに書き記したメモを見つけました。彼女が最後の入院の直前、観光協会の会議で書いたものだそうです。
それは私たちに託された遺言のように見えました。藤村さんは「但馬牛のルーツ」こそが小代の宝であることを、命の続く限り調べ尽くし、この世に残る住民に宝を磨くこと託したんだと、私は思いました。
今、彼女の遺志の元にガイド候補生が集まり、トレーニングに一生懸命がんばって下さっています。ガイドは口々に「牛飼いの多い地域で、自分が小さいころは牛を飼っていたのに、知らんことが多い」と言います。自分が知ったこと、暮らしの中で気づいたことを、ここを訪れる人たちに伝え、黒毛和牛のルーツに暮らす者としての誇りを住民皆さんが持つ。そして50年後、100年後も小代にイキイキと暮らす住民がいる地域であるよう、ガイドさんは頑張ってトレーニングを続けていくことでしょう。
今日は彼女の誕生日。最初の歌も、彼女の誕生日プレゼントとして、遊月亭いく蔵さんと彼女の活動を応援していた仲間の方々が作ったものです。彼女が亡くなってもなお、遺したもの、そして彼女の声は褪せることなく、私の心に残っています。
香美町まち歩きガイド「香美がたり」
7月13日(日)9:30~ 但馬牛と棚田の暮らしを語る
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今井 ひろこ
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